建設現場で働く担い手の適正な賃金の目安となる「標準的な労務費」を新たに設定する方針を、国土交通省の審議会が9月に取りまとめた。下請け業者間の受注競争による契約価格の低下が、労務費削減にしわ寄せされることを防ぐ考え。目安を大幅に下回る契約には行政指導を行う。請負契約の透明化や就労環境の魅力向上とあわせて、来年の国会で関連法改正を目指す方向だ。
■減り続ける就業者数と高齢化
背景にあるのは、業界全体の深刻な人手不足と高齢化だ。建設業全体の就業者数は1997年の685万人をピークに減少を続け、2022年は479万人と約3割減った。一方建設投資額は、1992年の84兆円から2010年に42兆円と半減したが、その後増加に転じ2022年は67兆円となる見通しだ。減り続ける就業者と増加する建設投資の間で、建設現場の疲弊は高まっている。
直近の就業者年齢構成を見ても、55歳以上の割合は35.9%と全産業比で4.4ポイント高く、29歳以下は11.7%と同4.7ポイント低い。適正な賃金をはじめとした魅力ある就業環境の整備が、業界全体の持続可能性にも喫緊の課題となっている。
国土交通省の社会資本整備審議会産業分科会建設部会基本問題小委員会の9月の中間とりまとめのポイントの一つは、適正な賃金を担保するための「標準労務費」の設定。学識者や受発注者で構成する公正中立な機関である中央建設業審議会が勧告し、労務費の相場観を形成する指標とすることで、廉売行為の歯止めとする方針だ(下図)。

問題の前提にあるのは、大手ゼネコンなど元請けから下請けへ、いわば上流から下流に向けて決められていく請負契約の価格決定システム。コスト削減を求められる下請けの立場として、材料費は固定のため費用を削れる部分として労務費にしわ寄せが生じる構造がある。
中間とりまとめでは「労務費の見える化」の重要性を強調する。見積もりなどで「総価一式」としてまとめて計上していた経費について、標準労務費をベースに積算することで、価格決定の仕組みの流れを変えていく取組みだ(右図)。

公共工事の分野では、発注者である行政や地方自治体が予定価格を積算する際の「設計労務単価」の仕組みがすでにある。同単価は2012年から11年連続で、職種平均で計65.5%上昇している。この流れを元請け以降の下請け企業、また民間工事の分野にも広げていく方針だ。建設業者の標準約款に、適正な賃金支払いへのコミットメント(表明保証)や、賃金・社会保険加入状況の開示条項を追加することを視野に入れる。
■「契約の透明化」が受発注者双方にプラス
労務費の見える化とも関わり、中間報告が重視するポイントの一つが受発注者間の「請負契約の透明化」。例えば近年の国際的な資材・エネルギー価格の高騰をはじめ、契約時には予想できなかったリスク、あるいは逆に利益を、どう分担するのかという問題意識だ。
中間とりまとめはこの点について、①契約における情報の非対称性の解消、②価格変動などへの対応の契約上での明確化、③当事者間でのコミュニケーションと請負契約の適正化、④契約形態や契約主体に応じた対応――の4つの対応を示す。
今回の小委員会に先駆けて行われた「持続可能な建設業に向けた環境整備検討会」の報告書では、業界の慣行のなかで「発注者と受注者の双方が、コストの透明性を高めないインセンティブを持つようになった」と述べる。つまり、完成物を引き渡して対価を得る請負という契約方式を背景に、「受注者である元請建設企業がコストを明示しないとしても裁量の範囲と考えられ、一方の発注者は、あとになって顕在化する不測の事態は契約金額の中で元請建設企業がやりくりしてくれるほうがありがたいと考える」。そのなかで情報の非対称性が維持されてきたという指摘だ。
コスト開示が不透明のままでは、資材・エネルギー価格の変動だけでなく、労務費の上昇を適切に価格に転嫁することも難しい。対策の一つとして中間報告では、工事の実費(コスト)の支出を証明する書類を受注者が開示することで実費精算とし、これに報酬(フィー)を加算して支払う「オープンブック・コストプラスフィー方式」を標準請負契約約款とすることなどをあげている。

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