仕事を奪うより「補完」するものとして、生成AIと人間との協働のあり方に関心が高まるなか、メンタルヘルスの分野でもAI活用の試みが進んでいる。横浜労災病院の山本晴義・勤労者メンタルヘルスセンター長は、23年前に始めた「勤労者こころのメール相談」にチャットGPT4の活用を試み、その成果や課題を8月の日本産業精神保健学会で報告した。「専門家の眼と手と心を通す配慮を前提に、多くの人が相談を受けやすくする底上げにAI技術を生かしていきたい」と山本医師は話す。
■17万件に達した相談 「極意」生成AIに伝え
「勤労者こころのメール相談」は、勤労者本人や家族、職場の同僚や上司、産業医、安全衛生管理者などを対象とし、身体的・精神的問題などの相談に心療内科医である山本医師自身が応えるメール相談だ。年中無休で24時間以内に回答している。
相談が始まった2000年は、労働省が「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」を策定。90年代に自殺者数が急増し年間3万人台で高止まりするなか、予防医療を担う「事業場外資源によるケア」の実践として、19の労災病院が無料電話相談を設置。横浜労災病院では電話とともにメール相談を始めた。
上司のパワハラに悩む部下からの相談や、傷病休職者への対応に苦慮する人事担当者、時には「死ぬことにします」という一文から始まる深刻な相談もある。365日休まず、基本的に山本医師1人で受け付けるメール相談は、23年間の累計で約17万件に達した。
「始める時は周囲に反対され、ある人には『メールで医療行為はできない。医師法違反になりかねない』と忠告されました。でもやって良かったと思っています。病院で患者さんを診るのが医療の基本ですが、病院に来れない患者さんがたくさんいる。そうした人々が気軽に相談できる場として、また一般の人々の心の叫びを診療の中に生かす意味でも重要です」
今回のチャットGPT4の活用は、こうして積み重ねられた山本医師の相談対応の「極意」をAIに読み込ませることで、相談対応の負荷軽減や多様な視点の導入、また独自のメールカウンセリングの手法を他の臨床現場などで応用する可能性を模索するものでもあるという。
図がその活用モデルだ。チャットGPTが相談に直接回答するわけではなく、相談を受けた山本医師が個人情報を削除した上でAIに入力。過去のデータの蓄積を踏まえて出力された複数の回答例を参考情報として活用し、実際に相談者に回答を送るのは山本医師だ。
「AI介入の入口と出口は専門家が入り、カウンセラーの目と手と心を通すことが前提。人間性を無視するシステム開発は厳に慎むべきです。AIの課題や限界を踏まえた上で、人間の柔軟な対応をどうコラボレートしていくかが問われている」
「もっともらしさ」を意味する「尤度(ゆうど)」を基準に、確率計算に基づき文章を生成するチャットGPT。メンタルヘルスの現場で活用するに当たり、その有効性と懸念点を慎重に見極めていくことが求められる。
■緊急アンケートから浮かぶ カウンセラーの期待と不安
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