■連載:人事担当者がわかる最近の労働行政
労働基準法第67条には「育児時間」の規定が置かれています。
(育児時間)
第六十七条 生後満一年に達しない生児を育てる女性は、第三十四条の休憩時間のほか、一日二回各々少なくとも三十分、その生児を育てるための時間を請求することができる。
② 使用者は、前項の育児時間中は、その女性を使用してはならない。
これを見て、“育児休業は男女両方が取れるのに、育児時間のほうは女性しか取れないのはおかしいのではないか″と思った人はいませんか?
この規定ぶりを素直に読めば、そう思う人が出てくるのは不思議ではありません。今の日本で「育児時間」といえば、父親であろうが母親であろうが、その子どもの世話をするための時間だと考えるのが当然だからです。ところが、実はこの労基法上の「育児時間」というのは、そういう日常言語で想像されるような意味ではなく、母乳による「哺乳時間」のことなのです。
あらためて労基法第67条の置かれている場所を確認してみると、「第六章の二 妊産婦等」という章に含まれています。もともと女子保護規定と母性保護規定が含まれていた章から、男女雇用機会均等法の差別禁止法化改正に伴って女子保護規定が削除されて、母性保護規定だけになった章です。そこに残っているということは、この規定は産前産後休業などと同様のマタニティに関する規定であることが分かります。
労働法の論文を検索してみても、この規定についてあれこれ論じている人はほとんど見たことがありません。労基法制定以来ほとんど変わらず存在し続けているにもかかわらず、かなりな程度忘れられた規定であるようです。そこで、今回はこの規定の歴史を振り返ってみましょう。
実は、この規定の淵源は労基法よりも古く、1923年の改正工場法に基づく改正工場法施行規則に登場しています。そこではこれは「哺育時間」という名称でした。
第十二条 主務大臣ハ病者又ハ産前産後、若ハ生児、哺育中ノ女子ノ就業ニ付制限又ハ禁止ノ規定ヲ設クルコトヲ得
則第九条ノ二 生後満一年ニ達セサル生児ヲ哺育スル女子ハ就業時間中ニ於テ一日二回各三十分以内ヲ限リ其ノ生児ヲ哺育スヘキ時間ヲ求ムルコトヲ得此ノ場合ニ於テ工業主ハ哺育時間中其ノ女子ヲシテ就業セシムルコトヲ得ス
担当の監督課長であった吉阪俊蔵の『改正工場法論』(大東出版社、1926年)では、この新たに設けられた哺育時間の規定は「嬰児保護」という見出しの下に置かれています。その趣旨は、「蓋し嬰児は生母の乳の出ない場合又は病気の場合の外は自然の命ずるところに従ひ母乳にて哺育せらるるを以て最良の方法とする」からであり、「乳児死防遏のため産後母体と乳児とを比較的長く接触せしめ、且母乳を以て養育することが有効であると謂はねばならぬ」と断言しています。
終戦直後に労働基準法が制定される時も、この1日2回各30分という「哺育時間」の規定は1946年4月12日の第1次案から同年12月24日の労務法制審議委員会答申に至るまでずっと変わらず維持されていました。
哺育時間
第六十五条 生後満一年に達しない生児を哺育する女子は、第三十三条の休憩時間の外一日二回各三十分その生児を哺育するための時間を求めることができる。
使用者は前項の哺育時間中にその女子を使用してはならない。
戦前の工場法施行規則第9条の2を口語体にしたほかは「休憩時間の外」を追加しただけでほとんど変わっていません。ところがこれが、翌1947年1月20日付の答申修正案になるときに、内容は全く変わっていないにもかかわらず、用字だけが次のように修正されていたのです。削除された字は下線付で、挿入された字は【】で挟まれた形で表示されています。
哺育【児】時間
第六十五【六】条 生後満一年に達しない生児を哺育す【て】る女子は【、】第三十三【四】条の休憩時間の外【、】一日二回各【〃少くとも】三十分【、】その生児を哺育す【て】るための時間を請求することができる。
使用者は【、】前項の哺育【児】時間中に【は、】その女子を使用してはならない。
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