日曜日, 2月 23, 2025

なぜハラスメント対応が企業にとって死活問題なのか(今津幸子弁護士)

今津幸子(いまづ・ゆきこ)
▶1996年弁護士登録。現在、アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業パートナー弁護士。経営法曹会議常任幹事。人事・労務問題全般の助言のほか、セクハラ、パワハラなどハラスメント問題に関する社員研修、管理職研修なども数多く行う。

■事業主の措置義務は

職場におけるハラスメントは、事業主が適切な対策をとらなければならない人事労務上の重大な問題であり、かつ未だになくならない問題の一つである。

2006年の男女雇用機会均等法の改正により、企業規模を問わず全ての事業主が職場におけるセクハラ防止措置を講じることが法的義務とされた。その後、妊娠・出産・育児休業・介護休業などに関するハラスメントやパワーハラスメントについても同様に、事業主はこれらのハラスメントの防止措置を講じることが法的義務とされている。

この、事業主が講ずべきハラスメント防止措置には、①ハラスメントを行ってはならない旨の事業主の方針等を明確化し、労働者へ周知・啓発すること、②ハラスメントについて広く相談に応じ、適切に対応するための必要な体制を整備すること(相談窓口の設置等)、③ハラスメントが起こった場合に、事実関係を迅速かつ正確に確認するとともに、再発防止措置を含めた適切な対応をとること、④相談者等のプライバシー保護のための必要な措置を講じること、⑤相談したことや事実調査等に協力したこと等を理由とした解雇その他の不利益な取扱いはしないこと、などが含まれる。

事業主のこれらの対応は、労働者に対する安全配慮義務(労働契約法5条)の観点からも重要である。

最近では、就活ハラスメントやカスタマーハラスメント(カスハラ)といった、事業主が雇用する労働者以外の者に関するハラスメントについても社会的な問題となっており、厚生労働省もカスハラから労働者を守るための対策や就活セクハラの防止に向けた措置を事業主に対して義務づける法案を提出する予定である。

ハラスメントがなく、また万一ハラスメントが起こっても事業主が労働者からの相談に応じて迅速かつ適切に対応できる職場は、労働者にとっても安心して働くことのできる職場環境といえる。

こうした職場環境を事業主が整えることは、労働者の士気やモラルを高めるだけでなく、DEI(多様性・公平性・包摂性)の下で様々なバックグラウンドやライフステージにある労働者がその能力を発揮できることにもつながり、個々の労働者の生産性を上げ、ひいては企業の活力を維持・向上させることにつながる。

■自社の人権課題こそ

ハラスメント根絶の底流にある基本的な考え方として、人権の尊重がある。自分と異なる他人を理解し、尊重する精神が全ての人に備わっていたら、ハラスメントは起こらないであろう。

ハラスメントは日本国憲法13条で定める個人の尊厳を踏みにじるものであり、人権を侵害する重大な行為であることを忘れてはならない。確かに、企業は利益追求を目的として企業活動を行う経済主体ではあるが、同時に社会の一員として、社内外を問わず基本的人権を尊重して行動することが求められている。

昨今、「ビジネスと人権」の考えの下、自社の事業や提供する製品・サービスが関係するあらゆる場面で起こりうる人権リスクを考慮すべきとされている。確かにビジネス上の人権の尊重も重要であるが、企業にとって最も重視し、最優先で対応しなければならないのは自社内の人権課題である。

企業はまずは自社内であらゆる人権侵害行為が起こらないように対処しなければならないのであって、その意味で、人権侵害行為であるハラスメントも根絶されなければならない。

持続可能な開発目標(SDGs)を達成する上で、特にSDGsが目指すジェンダー平等、健康的な生活、不平等の解消といった問題を実現する上でも、ハラスメントはなくさなければならないし、ハラスメントがないことが当たり前となる社会の実現を目指す必要がある。

■信用失った後では遅い

現在、企業の社会的責任(CSR)や人権を含めた企業の環境・社会・ガバナンス(ESG)の取組内容が、企業の社会的評価において重視される傾向がますます強くなっている。多くの企業が「人権方針」を公表し、人権を尊重する方針を明確化しているが、これもCSRを意識した取組といえる。

もし、企業が人権に対する取組をおろそかにしていると社会的な批判を招き、顧客、従業員、株主、取引先などの信頼を失ってしまうおそれがあるが、これはハラスメントに対する対応についても当てはまる。

万一ハラスメントが生じた場合に、事業主が被害者からの相談に真摯に対応しなかったり、適切に事実調査を行わなかったり、ハラスメントを隠蔽するような対応をとったりした場合、これが公になれば、その事業主は上述したハラスメント防止措置義務に違反するだけでなく、人権を尊重していない企業であるとのレッテルを貼られて社会的信用を失うが、この信用を取り戻すのは非常に困難である。

筆者の個人的な意見ではあるが、職場におけるハラスメント根絶の重要性を理解できていない企業は、そもそも職場におけるハラスメントの根絶に熱心に取り組んでいないし、ハラスメントが起こっても迅速かつ適切な対応をとれない。その結果、そのような企業は裁判で使用者責任や安全配慮義務違反を問われたり、報道等により社会的な批判を受けたりすることになる。企業は、そのような状況の下で社内外からの信用を失って初めてハラスメント根絶の重要性に気づくことになるが、その時点で気づいてももう遅い。

「労基旬報」メールマガジン

*厳選されたニュースで労働行政の動きをチェック
*人事・労務の実務テーマで記事ピックアップ
*先進企業事例と業界トレンドの今が分かる
*注目の裁判やイベント情報なども随時掲載
(月3回配信、無料)

「労基旬報」紙面のご案内

*月3回、実務に必須の最新情報を厳選した紙面が届く
*法改正から判例、賃金動向までポイント解説
*第一線の専門家によるトレンド解説や先進企業事例
*職場でのよくある疑問にも丁寧に回答
*電子版・オンライン版でオフィス外でも閲覧可能

購読者Web会員登録

「労基旬報」本紙ご購読者の方は、こちらからご登録ください。

人気記事