政府が6月にまとめた「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)は、労働市場改革を目玉に据えた。リスキリング(学び直し)の推進を通じ成長分野への労働(人材)移動の促進を掲げるが、実態調査では特に中高年で転職による賃金減少の傾向が強く、持続的な賃金の上昇に向けても課題は多い。企業の立場からは、離職リスクとの狭間で従業員へのスキル投資に躊躇する動きもある一方、人的資本投資の流れのなかで、職場環境改善と情報開示が長期的な人材確保のカギを握ると識者は指摘している。
■囲い込みから人的資本投資競争へ
転職による賃金の増減割合を年代別にみた厚生労働省の「転職者実態調査」によれば、50歳を境に回答割合が逆転し、賃金減少の傾向が急激に増えている(図表1)。50~54歳で「減少した」と回答した53.2%のうち、減少額の割合は「1~3割」が20.4%で最も多く、以降「3割以上」が18.2%、「1割未満」が14.6%などとなっている。
骨太の方針では、「三位一体の労働市場改革」の3本柱として「リスキリング」とともに、「職務給(ジョブ型雇用)の導入」と「労働移動の円滑化」を掲げ、個々の自律的なキャリア形成を支援するとしている。だが、年齢とともに給与が上昇する年功的な側面が色濃く残る企業の賃金制度においては、職務給の前提となる非正規社員を含めた同一労働同一賃金の原則が浸透しているとは言い難い。政府が強調する賃金上昇を伴う「自発的な転職」を幅広い階層で進めるためには、社会的な仕組みを含め課題が山積する状況だ。
一方で企業の立場からは、「労働移動」つまり従業員の離職というリスクを前に、リスキリング支援に躊躇する動きもある。ビズリーチが4月に発表した調査によれば、企業と労働者個人の両者とも95%以上がリスキリングの重要性を評価する一方、実際の実施率でみると「個人で取組んでいる」のが67.6%に対し、「会社で取組んでいる」のは26.3%にとどまった。
この点について早稲田大学の大湾秀雄教授(人事経済学)は、リスキリング支援など人的資本投資を向上させるためには、「労働市場における競争を通じた企業行動の改善が重要」と指摘する(GPTW Japanが3月に行った「働きがいのある会社」女性ランキング記者発表会での講演から)。
大湾教授によれば、人的資本投資を生み出すロジックとして①摩擦の大きい労働市場と②競争的労働市場の2つがあるという(図表2)。
労働市場の摩擦とは、転職コストの大きさや情報の非対称性を指す。例えばある労働者の生産性を現在の雇用主しか知らなければ、潜在的な雇用主からの転職オファーは届かない。日本は労働市場の摩擦が大きいとされ、結果的に雇用者は労働者を囲い込めるため、労働者が辞める心配なく長期的な人的投資が可能になるというロジックだ。
他方で、企業間の人材獲得競争が働いている状況ではどうか。企業は人材を長期的に雇用するためにも、働きやすい職場であること、「これだけ従業員に投資している」といった内容を具体的な施策として打ち出す必要があり、結果的に人的資本投資が促される。
重要なポイントは情報開示だ。従業員や潜在的な求職者に向け、会社が従業員を大切にしているということを、具体的な人的投資の規模感、施策効果のKPI(重要業績評価指標)などとして開示していくことが重要だという。
大湾教授は「競争的労働市場では、企業間で人材を獲得するための人的資本投資の競争が働く。そのため摩擦だけに頼った場合に比べ、効率的な水準で人的資本投資が蓄積されます」と述べる。
■職場エンゲージメントの鍵は「もやもやの共有」
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