
一般社団法人AIガバナンス協会 業務執行理事
経経済産業省、Bain&Coを経て、米スタートアップ・Robust Intelligenceで日本でのAIガバナンス普及に取り組んだ後、現職。現在はAIガバナンス協会理事として標準化活動や政策形成に関わるほか、企業のAIガバナンス構築支援の経験も多数持つ。社会学の視点からのAIリスクの研究にも取り組む。修士(社会情報学)。
■HR×AI リスクとチャンス 最終回
本連載では、HR領域でAIリスクが顕在化した事例の紹介にはじまり国内外の法制度の動向、そして技術・コミュニケーション・組織という3つの観点からの対策の概要などを解説してきた。最終回となる今回はこれまでの議論を総括し、AI活用とガバナンスの未来について展望したい。
■アクセル踏むために
最も強調したい点は、AIガバナンスを単なる法令順守のためのコストや、技術活用に対するブレーキと捉えるのではなく、AI活用を前向きに進めるための「経営戦略の一環」と再定義する重要性である。
AIの活用がもたらすメリットは、定型業務の自動化によるコストカットや生産性向上に留まらない。個々の従業員のスキルやエンゲージメントの可視化による高度なHR業務の実現や、そこから生まれる新たな付加価値の創出など、前向きな効果が多数存在する。
しかし、AIシステムが予期せぬ差別的判断を行ったり、情報漏洩を引き起こしたりすれば、そうした利益は瞬時に失墜する。つまり、その果実を最大化するためには、「安全かつ信頼できるAI活用」が不可欠であり、適切なAIガバナンスの構築こそがアクセルを最大限に踏むための基盤となるのである。
■協働への組織的備えを
今後はAIの普及を前提とした人材育成や組織形態の再考も求められるようになるだろう。AI導入の議論では「AIが人間の仕事を奪う」といった代替論が先行しがちだが、今後企業が目指すべきは単なる労働代替ではなく、AIと人間がそれぞれの強みを活かして協働し、新たな価値を生み出す仕組みづくりだ。
そのためには、AIが得意とするデータ処理やパターンの発見、コンテンツの生成と、人間が得意とする文脈理解、倫理的判断などを適切に組み合わせる業務設計や、AIをパートナーとして使いこなすためのリテラシー教育が、次世代の労働環境整備において急務となる。 本連載で紹介した「ヒューマン・イン・ザ・ループ」も、単なるリスク対策だけでなく、人間とAIの協働を実現する際の選択肢の一つと再評価することができる。
こうした仕事のあり方の変化も含め、今後もAIをめぐる技術・社会環境の変化は継続するだろう。そうした急速な変化に対応していくために不可欠なのが、前回も触れた「アジャイル・ガバナンス」の考え方である。
従来の企業統治のような、一度定めた固定的なルールや手続きを厳格に守り続けるスタイルでは、日々進化するAI技術や変動する国内外の法規制に対応しきれない恐れがある。
これからのガバナンスに求められるのは、常に外部環境の変化をモニタリングし、柔軟にリスク分析とゴール設定を行い、システムデザインや運用ルールを見直しながら、より良い形へとガバナンス自体を変容させていく姿勢である。その際、本連載で紹介してきた各部門との連携やリスク評価の事例からの学びが、判断の指針として生きるはずだ。
「HR×AI」の未来には、業務変革の大きなチャンスと、その裏に潜むリスクが常に表裏一体で存在している。その中でHR部門として舵取りを行い、組織全体の価値向上に寄与するために、本連載がその一助となれば幸いである。


