火曜日, 1月 7, 2025

2025年 年金法改正の論点(濱口桂一郎 新春特別寄稿)

今年の通常国会に提出される予定の年金法改正案は、短時間労働者への適用拡大を始めとして労働法政策と関連する論点が多く、年の初めに若干整理しておきたいと思います。実は、ちょうど5年前の『労基旬報』2020年1月5日号に「2020年年金法改正の論点」を寄稿していますので、5年ぶりの年金法改正に合わせて5年ぶりの年金解説ということになります。

直接に法改正に向けた審議は昨年7月3日から社会保障審議会年金部会(学識者19名、部会長:菊池馨実、部会長代理:玉木伸介)で開始され、2024年財政検証結果を確認した上で、被用者保険の適用拡大、いわゆる「年収の壁」問題、在職老齢年金等について議論を重ねてきました。

本稿執筆時点ではまだ部会報告に至っていませんが、今後改正法案を作成して今年の通常国会に提出される予定です。ただしこのうち最重要事項である適用拡大については、2024年2月から「働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会」(学識者17名、座長:菊池馨実)が開催され、2024年7月3日に議論の取りまとめがされていました。

以下では、各問題の歴史的経緯にさかのぼって今日の問題を考察し、改正の方向性を論じていきます。なお年金財政の問題などマクロ的論点には触れません。

・短時間労働者への適用拡大等

まず、適用拡大の中でも最も重要な短時間労働者の取扱いですが、そもそもの出発点は1980年6月に出された3課長内翰(ないかん)で、所定労働時間が通常の労働者の4分の3未満のパートタイマーには健康保険と厚生年金保険は適用しないと指示したことです(厚生年金保険法の条文上には根拠がありません)。

この扱いがその後パート労働者対策が進展する中で見直しが求められるようになり、2007年には法改正案が国会に提出されましたが審議されることなく廃案となり、ようやく2012年改正で一定の短時間労働者にも適用されるようになりました。

その適用要件は、まず本則上、①週所定労働時間20時間以上、②賃金月額88,000円以上、③雇用見込み期間1年以上、④学生は適用除外というルールを明記し、附則で当分の間の経過措置として⑤従業員規模301人以上企業という要件を加えたのです。その後、2016年改正でこの⑤の要件について、500人以下企業でも労使合意により任意に適用拡大できるようになりました。

2020年改正では、上記③雇用見込み1年以上の要件を撤廃するとともに(これにより原則通り、2か月以内の期間を定めて使用される者のみが除外されます)、上記⑤従業員規模要件については、2022年10月から従業員101人以上企業に、2024年10月から従業員51人以上企業に段階的に拡大することとされ、既に昨年10月にこの段階に到達しています。今回の見直しは、この最終段階到達以前に開始されたことになります。

昨年7月の「議論の取りまとめ」では、まず基本的な視点として「国民の価値観やライフスタイルが多様化し、短時間労働をはじめとした様々な雇用形態が広がる中で、特定の事業所において一定程度働く者については、事業主と被用者との関係性を基盤として働く人々が相互に支え合う仕組みである被用者保険に包摂し、老後の保障や万が一の場合に備えたセーフティネットを拡充する観点からも、被用者保険の適用拡大を進めることが重要である」と、被用者保険の大原則を述べた上で、「労働者の勤め先や働き方、企業の雇い方の選択において、社会保険制度における取扱いの違いにより、その選択が歪められたり、不公平が生じたりすることのないよう、中立的な制度を構築していく観点は重要である」と論じ、この関係で近年政治家によって取り上げられることの多いいわゆる「年収の壁」問題についても、「賃上げが進む中で、短時間労働者がいわゆる「年収の壁」を意識した就業調整をすることなく、働くことのできる環境づくりが重要である」と述べています。

「年収の壁」には税制上のものと社会保険上のものがありますが、ここでいう「年収の壁」とは、上記②賃金月額88,000円以上要件が年収換算で約106万円となり、これを超えると保険料負担が生じ、手取り収入が減ることから「年収の壁」と呼ばれているものです。いうまでもなく、厚生年金に加入すれば手取りが減る一方で将来の年金額が増えますから、手取りだけでメリットデメリットが判断されるわけではありません。

それを前提として、短時間労働者については具体的に次のような適用範囲の見直しを提起しています。まず①週所定労働時間20時間以上要件については、雇用保険法の2024年改正で週所定労働時間20時間以上から10時間以上に拡大したこと(施行は2028年度)から検討の必要性も指摘されましたが、「雇用保険とは異なり、国民健康保険・国民年金というセーフティネットが存在する国民皆保険・皆年金の下では、事業主と被用者との関係性を基盤として働く人々が相互に支え合う仕組みである被用者保険の「被用者」の範囲をどのように線引きするべきか議論を深めることが肝要」として、「雇用保険の適用拡大の施行状況等も慎重に見極めながら検討を行う必要がある」とかなり否定的なニュアンスの強い先送りとなっています。この点は年金部会の議論でも同様で、今回改正の論点ではなさそうです。

次が「年収の壁」がらみの②賃金月額88,000円以上要件ですが、「議論の取りまとめ」では両論併記的であったのですが、年金部会ではこの要件の撤廃に舵を切ったようです。そもそもこの賃金要件は、これよりも低い賃金で被用者保険を適用した場合、国民年金第1号被保険者より低い負担で基礎年金に加え報酬比例部分の年金も受けられることから、負担と給付のバランスを図るために設定されたものです。一方で、最低賃金の引上げに伴って週労働時間20時間以上であれば賃金要件も充たすようになってきています。また、社会保険関係の「年収の壁」としては、健康保険の被扶養者の年間収入が130万円未満であることも重要です。

年金部会では、就業調整に対応した保険料負担割合を変更できる特例が検討されています。被用者保険の保険料は原則として労使折半ですが、健康保険法において、事業主と被保険者が合意の上、健康保険料の負担割合を被保険者の利益になるように変更することが認められています。

これに対し厚生年金保険法では、政府が保険者とされており、健康保険法のような保険料の負担割合の特例に関する規定はありません。そこで、被用者保険の適用に伴う保険料負担の発生・手取り収入の減少を回避するために就業調整を行う層に対して、健康保険組合の特例を参考に、被用者保険(厚生年金・健康保険)において、従業員と事業主との合意に基づき、事業主が被保険者の保険料負担を軽減し、事業主負担の割合を増加させることを認める特例を設けることが提起されています。

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