水曜日, 12月 4, 2024
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繋いだ慰霊のバトン 東邦高等学校生徒会

■おんな流 おとこ流~仕事を訪ねて~(64)

「なごや平和の日」制定までの歩みを紹介する東邦高校の生徒たち(5月14日、名古屋市の岡谷鋼機名古屋公会堂で)

戦後79年となる今年、「なごや平和の日」が制定され初めての平和祈念式典が5月14日、名古屋市昭和区の岡谷鋼機名古屋公会堂で開かれた。会場には名古屋空襲の被災者も参列、悲惨な戦争の体験や記憶を語り継ごうという若者たちの姿を頼もしそうに見つめた。(井澤宏明)

「平和の日」制定の背景には、高校の先輩から後輩に引き継がれた粘り強い働きかけがあった。

アジア・太平洋戦争中、軍用機生産の拠点だった名古屋市は空襲の標的になった。市によると、1942年4月18日から終戦直前の45年7月26日までに63回もの空襲を受け、8000人近い人たちが亡くなった。

甲子園の常連校として知られる東邦高校(名東区)では、前身の東邦商業学校の生徒18人と教員2人が44年12月13日、勤労動員されていた三菱重工業名古屋発動機製作所(三菱発動機)大幸工場でB29による空襲の犠牲になった。

戦後半世紀の1995年、同校は空襲の傷跡が残る工場の壁を譲り受けて「平和の碑」と名付け玄関前に設置、12月に慰霊行事を続けてきた。

同校生徒会は先輩たちが犠牲になった空襲から70年の節目となる2014年、「名古屋空襲慰霊の日」の制定を求める要望書を河村たかし市長に提出。18年には市議会に請願書を提出した。

■広島出身生徒の疑問

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