■連載:人事担当者がわかる最近の労働行政
厚生労働省は2024年1月23日から「労働基準関係法制研究会」(学識者10名、座長:荒木尚志)を開催してきましたが、去る2025年1月8日に報告書を取りまとめました。同報告書は直ちに同年1月21日の労働政策審議会労働条件分科会に報告され、今後具体的な法改正に向けた審議が展開されることになると思われます。
この報告書は、労働基準関係法制に共通する総論的課題として、労働者、事業、労使コミュニケーションについて論ずるとともに、労働時間法制の具体的課題についていくつか突っ込んだ議論をしています。今回はこのうち労働時間法制について、今後労働条件分科会での審議につながっていくであろういくつもの論点について、ここで確認しておきましょう。
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まず、最長労働時間規制(実労働時間規制)についてですが、2018年改正(働き方改革)によって導入された時間外・休日労働時間の上限規制については、「現時点では、上限そのものを変更するための社会的合意を得るためには引き続き上限規制の施行状況やその影響を注視することが適当」としつつも、後述の情報開示や労働からの解放に関する規制は早急に対応可能な取り組みもあるとしており、そちらに重点を置く姿勢が示されています。
その一つ目の企業による労働時間の情報開示ですが、企業外部への開示と内部への開示・共有からなります。前者は、労働市場の調整機能を通じて個別企業の勤務環境を改善していくいわゆるソフトロー手法の一環で、労働者が就職・転職に当たって、各企業の労働時間の長さや休暇の取りやすさといった情報を十分に得て、就職・転職先を選んでいけるようにすることが目的です。現在既に女性活躍推進法や次世代育成支援法において情報開示の仕組みが設けられているので、時間外・休日労働についても類似の仕組みを設けることが示唆されています。
後者は、企業内部への労働時間の情報開示・共有によって個別企業の勤務環境の改善等を図ろうとするものですが、衛生委員会や労働時間等設定改善委員会への情報開示に加えて、36協定など労使協定を締結する際に過半数代表に対して情報を開示していくことが必須とされています。また管理職に対してその管理対象となる部署の時間外・休日労働時間の情報を共有し、改善を求めることも提起されています。さらに労働者個人に対する情報開示については、自主的な行動変容によって労働時間を短縮できるのはある程度働き方に裁量のある労働者に限られるのではないかとの懸念も示されています。
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テレワーク等の柔軟な働き方については、フレックスタイム制の改善とみなし労働時間制の2点から検討がされています。まずフレックスタイム制の改善ですが、現行制度ではフレックスタイム制を部分的に適用することはできず、テレワーク日と通常勤務日が混在する場合には活用しづらいので、テレワークの実態に合わせてフレックスタイム制を見直すことが提起されています。
より大きな話はみなし労働時間制の活用です。事業場外労働にせよ、裁量労働にせよ、それらの要件を満たさなければみなし労働時間制を適用できませんが、仕事と家庭生活が混在しうるテレワークについて実労働時間該当性を問題としないみなし労働時間制がより望ましい働き方と考える労働者が選択できる制度として、一定の健康確保措置を設けた上で、自宅等でのテレワークに限定したみなし労働時間制を設けることを提起しています。この場合、その導入については集団的同意に加えて個別の本人同意を要件とし、制度適用後も本人同意の撤回を認めることとされています。これは、コロナ禍の前後に、規制改革推進会議等から繰り返し提起されていた問題意識に対応するものです。
もっとも、報告書案ではこれに対する懸念が5点にわたって羅列されており、中抜け時間の実態把握やみなし時間制に対するニーズ調査などを踏まえた上で「継続的な検討が必要」という書き方になっているので、直ちに法改正に取り組もうという話にはなっていません。
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もう一つの大きな話は、裁量労働制、高度プロフェッショナル制度、管理監督者など実労働時間規制が適用されない労働者に対する措置です。この中でも前2者は制度導入過程で健康・福祉確保措置が設けられていますが、管理監督者にはありません。ただし、管理監督者は労働基準法の要件に合致する者がそのまま(許可や届出といった手続きなしに)労働時間規制の適用除外になるという制度になっており、健康・福祉確保措置を導入要件として設けている前2者の制度とは法律上の建付けが異なっています。
そこで、報告書は「より効果的に健康・福祉確保措置を位置付けることができるよう、労働基準法以外の法令で規定することも選択肢として、その内容を検討すべき」としています。さらに、そもそも前2者は導入要件が厳格に定められているのに、管理監督者は法律の規定があるだけで、かなり野放し状態です。報告書案も「本来は管理監督者等に当たらない労働者が管理監督者等と扱われている場合があると考えられることから、現行の管理監督者等がどういった性質のものであるかを明らかにするため、その要件を明確化することが必要」と述べています。
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以上に比べ、より法改正への緊要度の高いものとして位置付けられているのが労働からの解放に関する規制についての記述です。これは、最長労働時間規制と表裏の関係にある概念で、労働から解放される時間をどれだけ確保しなければならないか、言い換えれば労働者の労働力の回復の時間や私生活の時間等をそれだけ確保するべきかという問題です。現行労働基準法上は、休憩、休日、年次有給休暇が該当し、労働時間設定改善法上の努力義務であるいわゆる勤務間インターバル規制も含まれます。ここが法改正の焦点になっている点に、労働時間法政策のシフトが窺われます。
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