■おんな流 おとこ流~仕事を訪ねて~(58)
自宅の目の前に計画された高層マンション建設の反対運動中に身に覚えのない暴行容疑で逮捕され、刑事裁判で無罪が確定したのにも関わらず警察や検察が過ちを認めないばかりか、採取されたDNA型などの個人情報が保管されたままであることに異議を申し立て、国や愛知県を相手に裁判を闘っている人がいる。(井澤宏明)
名古屋市瑞穂区で薬局を経営している奥田恭正さん(67)だ。奥田さんが暮らしているのは「熱田さん」の名で親しまれ参拝客でにぎわう熱田神宮の隣駅、名古屋鉄道(名鉄)堀田駅から歩いて約10分の閑静な住宅街だ。
2015年10月、15階建てのマンション建設計画が明らかになると、周辺住民により結成された「住環境を守る会」の代表になったものの、住民運動はずぶの素人。同じ建設業者のマンション計画でもめた同市北区の住民に会いに行くなど、手探りで運動を始めた。
住民50人近くが集まり、建設業者を呼んで一戸建て住宅への計画変更などを要望したがらちが明かない。名古屋市に調停を申し立てたものの不調に終わり、建築工事差し止めの仮処分申し立てや市建築審査会に審査請求もした。
建設工事が始まると、現場周辺の歩道にのぼりを立てたり、工事用車両が入れないようタイヤを並べたりして抗議した。建設業者側の通報で駆け付けた警察官に「このままだと、署で話を聞かせてもらうことになりますよ」とほのめかされることもあった。
16年10月7日の朝も奥田さんは近所で経営する薬局に向かう前、日課のようになっていた抗議活動を行っていた。
粉塵が飛び散らないように水まきを現場監督に求め、現場から出るダンプカーの邪魔にならないよう前を横切ろうとすると、立ちはだかった現場監督から抱きかかえられそうになった。逃れようとした際、現場監督が急に後ろに倒れこんだ。
■「逮捕」から「無罪」へ
「奥田さんに両手で突き飛ばされた」。現場監督の110番通報でパトカーが駆け付け、一緒に抗議活動していた仲間の前で現行犯逮捕され、手錠をかけられた。容疑は暴行。現場監督は倒れこんだ際、ダンプカーに接触したと訴えていた。
このとき奥田さんは「何もやってないんだから、一晩だけ泊まらされてすぐに帰って来られる」ぐらいにしか考えていなかったという。
ところが、10日間の勾留が決まり、警察の取り調べで「現場監督を両手で突き飛ばしている様子が防犯カメラの映像にハッキリ写っている」と告げられ、「ひょっとしたら、本当に突き飛ばしたのだろうか」と心が揺れた。
留置所で同室の暴力団まがいの男から、このまま保釈されないと公判中も拘置所で過ごさなければならないと、あらぬ「知恵」を吹き込まれたことも動揺に拍車をかけた。
自分の留守の間、2人の薬剤師に任せている薬局がもたないのではないか。取り調べの警察官に「(容疑を)認めたら(留置所から)出してくれるのか」と尋ねたことも。
「もう限界だから、示談してほしい」「この勾留から解放してほしい」と涙ながらに弁護士に訴えるほど、精神的に参ってしまった。奥田さんは否認したまま暴行罪で起訴され、保釈された。
いったん起訴されたら有罪率99%という日本の裁判で無罪を勝ち取るのは至難の業だ。そんな逆境にあっても、「自分はやってないんだから勝てるんじゃないか」と思っていたという。
強力な援軍も現れた。東京歯科大学の橋本正次教授による防犯カメラ映像の鑑定だ。橋本教授は、現場監督の動きは明らかに不自然で、そのまま踏みとどまることが十分可能だったのに、なぜか背後のダンプカーに向かって倒れこんでいった、と疑問視した。
名古屋地裁は18年2月、現場監督の証言はあいまいで、奥田さんを背後から映した防犯カメラ映像からも「組んだ両腕をほどいた様子は認められない」として、両手で胸を突いたとする現場監督の証言と矛盾すると認定、無罪判決を出した。名古屋地検は控訴せず、無罪が確定した。
仲間たちは奥田さんの逮捕後も抗議活動を続けたが、皮肉にもマンションは無罪判決直後の18年3月に完成した。
愛知県警瑞穂署を訪ねて謝罪を求めると、無罪が確定したにも関わらず刑事課長らからは「当時の捜査に間違いはなかった」「謝罪する必要はない」と心ない言葉しか聞かれず、憤りが消えることはなかった。
■DNA抹消勝ち取る
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