企業の人権尊重ガイドラインは労使とも推進姿勢、透明性に課題も

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事業活動による人権侵害を起こさないための企業の取り組みを促進する「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を9月13日、日本政府が策定した。世界的に課題となる児童労働や強制労働をはじめ、国内では外国人技能実習生への人権侵害や職場での差別・排除などを念頭に、取引先を含めサプライチェーン全体での人権リスクを特定し、軽減・予防のため企業自ら取り組むことを促進する内容。持続可能な経済社会に向けて自社の企業価値向上にもつながると指摘する。労使団体はともに推進の姿勢を示す一方、策定過程での透明性に課題も指摘されている。

ガイドラインに法的拘束力はないが、規模や業種に関わらず日本で事業活動を行うすべての企業に対し、国際基準に基づき国内外での人権尊重に努めるべきとする。

ポイントは「人権方針の策定」、「人権デューデリジェンス(人権DD)」、「救済」の3点。人権DDとは、人権への負の影響とリスクを特定し、分析・評価して適切な対策を実行するプロセスを指す。具体的には、①自社やグループ会社の事業活動が与える負の影響を特定・評価する、②取引停止の検討を含めその悪影響を予防し軽減する、③取り組みの実効性を評価測定する、④情報公開と説明――の4段階のプロセスを継続的に行う。

ガイドラインは、トップを含む経営陣の承認に基づき社内外に向けた「人権方針」を策定したうえで、「人権DD」の実施で具体的な負の影響を継続的に特定・評価・防止し、「救済」を通じてそれを軽減・回復させる枠組みだ。すべてのプロセスで、自社社員や取引先、顧客をはじめとした「ステークホルダーとの対話」が重視されている(図)。

これらの枠組みは、2011年6月に国連人権理事会で承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づく。各国で法制化が進んでおり、欧州委員会は今年2月、主に大企業に法的義務を課す「持続可能性デューデリジェンス指令案」を発表している。

■経団連は実務者向け解説、連合「歓迎」、プロセスに疑義も

国内の労使団体はともに推進の姿勢だ。経団連は昨年12月、「企業行動憲章」を改訂し、人権尊重の方針策定と人権DD、是正の項目を手引きに追加。同時に「人権を尊重する経営のためのハンドブック」を策定し、実務担当者向けに事例を含め解説している。

今後、同ハンドブックの説明会の開催、各業界特有の課題対応に向けた対話、国内規制への対応や国際イニシアティブとの連携などを進めるとしている(ガイドライン検討会の資料から)。

連合は9月14日、ガイドライン策定を「歓迎」する事務局長談話を発表。「労働組合は日常的な労使関係を通じ、職場の労働安全衛生水準の向上やハラスメントの防止など労働者の人権の課題解決に取り組んでいる」と指摘。「労働組合の関与が『ガイドライン』の随所に記載された点は非常に重要」とした。

8月8日から29日まで募集されたパブリックコメントには、131の団体や個人から、A4用紙141頁に及ぶ多数の意見が寄せられた

一方ガイドライン策定プロセスでの透明性については、疑問の声もあがる。今回のガイドライン策定のための有識者検討会は、経済産業省が主催。今年3月から約半年間の検討会は非公開で行われ、8月に募集されたパブリックコメントの締め切り2週間後に、政府の関係府省庁施策推進・連絡会議として発表された。

前出の「指導原則」を、日本国内で実施するために2020年に策定・設置された「ビジネスと人権に関する行動計画(NAP)推進円卓会議」は9月2日、「ステークホルダー合同コメント(緊急要請)」としてガイドラインを「歓迎」する一方、以下のコメントを発表した。

「ガイドラインは策定プロセスにおいてステークホルダーとの有意義な協議を経て正当性を担保することが極めて重要です。それにもかかわらず、本ガイドラインの策定が、NAP実施におけるステークホルダーとの間の信頼関係に基づく対話のために設置された円卓会議及び作業部会との協議をほとんど経ることなく、パブリックコメントに至るまでの間はほぼ非公開の手続で進められていることは問題と言わざるを得ません」

緊急要請は政府に対し、①パブリックコメントを踏まえた円卓会議での協議の実施、②ガイドライン策定後のステークホルダーとの協働、③人権の負の影響と日本社会や企業の取り組みとのギャップの分析をステークホルダーの参加のもとに行うこと――の3点を求めている。