金曜日, 12月 5, 2025

変わりゆく「企業価値」(佐藤裕太 社労士)

■M&Aから学ぶ労務管理―これからの100年企業を目指して

佐藤 裕太(さとう ゆうた)
TRY―Partners㈱代表取締役。社会保険労務士。東京都社会保険労務士会・千代田支部・開業部会委員。経営者のパートナーという役割を使命とする社労士事務所も運営。迅速で丁寧なデューデリジェンス(労務DD)には定評がある。M&Aシニアエキスパート。

企業が営業活動を通じて利益を生み出していくことは、言うまでもない前提です。その上で100年企業を目指す企業としては、自社の企業価値を高めることが重要な使命といえます。

経済産業省の定義によれば、企業価値を主に価格の問題として捉えています。この点、上場企業であれば株価として可視化されますが、中小企業ではM&Aにおける承継時や融資時などの特定の局面でしか表面化されません。また実際には、企業価値を考察する場面では多様なステークホルダーが関与しています。当該ステークホルダーには多様な思惑があり、単純に金額で測れるものでもありません。


企業価値の考察において、近年では、機械や建物といった有形資産だけでなく、目に見えぬ無形資産の重要性が一層増しています。

例えば、次のような場面を想像してみてください。貴方が訪れた飲食店で、建物は綺麗で料理も美味しい。けれど、スタッフの対応が悪く、居心地が悪いと感じたらどうでしょうか。おそらく、その店を再び訪れたいとは思わないはずです。現代の企業価値も、建物や料理の味それ自体のみならず「おもてなし」といった無形の要素が重視される傾向にあります。すなわち、これを企業の問題に置き換えると「ヒトの問題」に帰結します。

■企業価値担保権

ところで「担保となる不動産がないから融資が難しい」という壁に直面する企業は、特にスタートアップでは少なくありません。この課題に応える新しい仕組みとして、2024年6月に事業性融資推進法(事業性融資の推進等に関する法律)が成立し、公布されました。金融庁によると、本法は来年春頃の施行が予定されています。

その中核たる「企業価値担保権」は、有形資産だけでなく、知的財産、ノウハウ、従業員のスキルや社内体制、取引先との関係といった無形資産を含めた「事業そのものの価値」に着目して、資金調達を可能にする担保の仕組みです。

従来の担保制度(例えば抵当権)は、不動産のような明確な資産の存在を前提としていました。一方で、企業価値担保権は、たとえ目に見える資産が乏しくても、事業に成長性や継続性があれば融資対象となる可能性があります。すなわち、人材の質や組織の仕組みを価値として評価します。したがって、人事労務の取組みとも親和性が高いものといえるのです。

この制度の特徴は、金融機関の融資先企業に対する関わり方にも表れます。従来の単なる貸付ではなく、当該企業と伴走しながら成長を支える事業支援型の融資であることが求められています。

こうして企業価値担保権は、事業承継に悩む企業やスタートアップ企業にとっては、単なる資金調達手段にとどまらず、企業の成長を後押しする潤滑油となり得ます。人材を育むことで、将来的な資金調達力の強化にもつながるという、そんな時代が今まさに始まろうとしています。

■人的資本経営

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