木曜日, 9月 19, 2024

教育訓練と資格制度のジョブ型・メンバーシップ型(濱口桂一郎)

■連載:人事担当者がわかる最近の労働行政

去る6月21日に閣議決定された『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版』は、「三位一体の労働市場改革の早期実行」の項目として、①個々の企業の実態に応じたジョブ型人事の導入、②労働移動の円滑化と並んで、③リ・スキリングによる能力向上支援を挙げています。このリ・スキリングという言葉は昨年5月の『三位一体の労働市場改革の指針』で使われて以来、政府の政策文書におけるバズワードになっていますが、それ以前も「スキルアップを通じた労働移動の円滑化」(2022年版)、「社会人の創造性育成(リカレント教育)」(2020年成長戦略実行計画)、「個々の働き手の能力・スキルを向上させる人材育成・人材投資の抜本拡充」(未来投資戦略2017)、「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関」(日本再興戦略 2016)、「若者等の学び直しの支援のための雇用保険制度の見直し」(2013年日本再興戦略)等々、労働者の職業スキルの向上(教育訓練)は政策の中心課題の一つであり続けています。近年の政府の教育訓練政策の特徴は、それが職務給などのジョブ型人事や労働移動の促進と相まって、外部労働市場指向型の政策として打ち出されてきていることです。この傾向は、既に1990年代後半から現れてきており、わたしはそれを「市場主義の時代」と呼んできましたが、第二次安倍内閣以来より鮮明になってきています。今年の『グランドデザイン』はその到達点と言えましょう。

それに対して、1970年代後半から1990年代前半までの約20年間は、企業内の雇用維持を最優先とする雇用政策がとられた「企業主義の時代」でしたが、教育訓練についても企業内訓練、とりわけ仕事をしながらスキルを身につけていくOJTを最重要視する政策思想が社会を支配していました。そしてそれより以前の1950年代後半から1970年代前半までの高度経済成長時代には、それとは全く逆に、つまり1990年代後半以降と同様に、企業外におけるフォーマルな教育訓練が重視されていた時代でした。こうした戦後労働政策の振幅については、これまでも繰り返し論じてきたので、ご承知の方も多いと思います。今回はこの二つの教育訓練思想を、ジョブ型とメンバーシップ型という雇用システム論の観点からごく簡単に整理しておきたいと思います。

これまで繰り返してきた基礎の基礎の話ですが、ジョブ型社会では人よりも先にジョブがあります。企業とはジョブの束であり、それぞれのジョブに、そのジョブを最もよく遂行できそうな人をはめ込むのが採用です。そのために、まずそれぞれのジョブの内容を列記したジョブ・ディスクリプションがあり、それに照らして応募してきた人のうち誰を採用すべきかを決定します。その際に重要な基準となるのは、そのジョブに係る資格のある人、あるいはそのジョブの経験者であるかどうかです。もちろん、当該ジョブに係る資格があるからといって本当にそのジョブを遂行する上でのスキルがあるかどうかはやらせてみないとわかりませんが、資格があるということは少なくともそのように社会的に認められているということを意味します。ですから、そのジョブに係る資格のある人と資格のない人が応募してきたときに、(女性や少数民族といった属性を持った)資格のある人を差し置いて(男性や白人である)資格のない人の方を採用したりすれば、資格のない人の方がそのジョブをより適切に遂行できるはずであることをきちんと説明できなければ、差別であると疑われることになります。

こういう話を聞くと、日本人は大変違和感を感じるはずですが、それは雇用システムの違いによるものです。すなわち、日本のようなメンバーシップ型社会では、企業はジョブの束ではなく社員(会社メンバー)と呼ばれる人の束であり、その人を企業内のさまざまな仕事に流動的にあてがっていくことが前提だからです。ですから、採用基準は特定のジョブを遂行するスキルがあるかどうかなどという枝葉末節のことではなく、採用後定年退職に至るまで人事異動によって社内のさまざまな仕事をこなしていける人材であるか、より具体的に言えば、採用や配置転換直後は素人ではあっても、上司や先輩の指導の下で実際に作業に当たっていくことで仕事のやり方を身につけていき、一人前に仕事ができるようになれる人材であると見込めるか、が最重要事項ということになります。これは資格や経験といった客観的な基準ではないので、日本では採用差別という概念は法律上には存在していますが、実際にはほとんど発動困難であるわけです。

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