ILO(国際労働機関)がこのほど発表した報告書「ケアと仕事(原題:Care at work)」は、育児や介護に関する休暇・休業制度やケアサービスに対する必要な投資を行うことで、2035年までに世界で3億人の雇用が生まれると指摘している。同書は産休や育休、介護休暇に関する185カ国の法制度や育児・介護サービスの現状を調査。特に自営業者や移民、性的マイノリティなど保護の外に置かれることの多い人びとを含めた必要な投資額は2035年までに約5.4兆米ドルの年間投資であり、その投資は雇用創出や女性の就労継続による税収増加で相殺される可能性があると指摘している。
■ケア環境が税収基盤の安定化にも
コロナ禍でのパンデミックにより、女性を中心に育児や介護などケアに従事するため仕事を退職せざるをえない状況が広がり、労働市場でのジェンダー不平等や、家事と家族の責任に関する男女間の不均衡がより悪化していると報告書は指摘。
危機的状況からの回復に向け、育児・介護休暇の保障とライフサイクルを通じたケアサービスとを適切に組み合わせたケア経済に投資する重要性を強調している。
求められるケアとして、①有給の産休・育休を両親が平等に取得、②有給の母乳育児の休憩の保障、③育休の法定期間終了後から小学校入学までの質の高い無償のフルタイム保育、④障害のある子や大人、ケアを必要とする高齢者への質の高い無償の長期介護サービスーーの4つのポリシーを設定。なお産休・育休の現金給付は、強制加入の社会保険や公的資金で賄われることが望ましく、産休の現金給付には自営業者(self-employed workers)も含まれるとしている。
これらを実現するために、2035年までに5.4兆米ドル(GDPの4.2%)の年間投資が必要と試算。一方、投資を行うことで生まれる雇用は、育児部門で9600万人、長期介護部門で1億3600万人の直接雇用、関連して6700万人の間接雇用の計2億9900万人以上の雇用が生まれると試算(図)し、純雇用創出全体のうち78%が女性に、84%が正規雇用になると予想している。
また休暇制度やケアサービスが充実することでケアの制約が緩和され、女性が就業を中断することなく働き続けて高収入を維持することが可能となり、長期的な税収基盤の安定につながると指摘。社会経済の生産性向上においても、その背景に質の高いケアサービスの貢献を無視することはできないと述べている。
■男性産休の世界平均は9日
9章で構成される報告書は、185カ国のケアに関する法政策や現状を包括的に分析。それぞれの章では、父母の産休、育児・介護休業、妊産婦保護、職場での授乳、保育サービス、介護サービスをそれぞれ解説している。
現状では、子どもを産める年齢の女性の3割にあたる6億4900万人が、ILOの定める「母性保護条約(第183号)」の主要な要件を十分満たせていないと指摘。また父親の出産休暇日数の世界平均は9日間と短く、取得率の低さとともに男女格差が改善されていないことに警鐘を鳴らしている。
妊娠または授乳中の女性が、ILO基準に沿って危険で不健康な仕事から保護される権利を持っていたのは調査対象国のうちわずか40カ国。出生前健康診断の休暇を提供しているのは53カ国にすぎず、多くの国では休暇や収入の確保、母乳育児の施設も不足していた。
ILO労働条件・平等局のマヌエラ・トメイ局長は、「子どもたちに良いスタートを与え、女性の就業継続を支援し、家族や個人が貧困に陥るのを防ぐ連続したケアを形づくるため、ケア政策やサービスの提供方法を考え直す必要があります。これらのギャップを埋めることは、健康な生活だけでなく、基本的な権利やジェンダー平等、より良い仕事のあり方を支える投資と見なされるべき」と述べている。