賃上げの明暗分ける価格転嫁 規模間格差に向き合う労使交渉とは

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厳しさを増す物価高や長期化する原材料価格高騰のなかで迎える春季労使交渉では、経営側自身が「賃上げは社会的責務」と積極姿勢を見せる異例の展開となった。すでに大幅な賃上げを表明する大企業がある一方、中小企業の7割以上が「賃上げの予定はない」と回答した東京・神奈川での調査結果にみるように規模間の隔たりは大きく、背景にはコスト上昇分を十分に価格転嫁できない不均衡な取引関係がある。中小を含めた賃上げを進めるためには何が必要なのか。

■経営難ほど深刻化する価格転嫁力格差

「燃料・原材料の高騰で減益。価格転嫁を打診したら他社に切り替えられた(部品製造・東京都品川区)」「賃上げしたいが、企業としても生き残っていくのに必死(プラスチック加工・神奈川県座間市)」――城南信用金庫(東京都品川区)が1月10日から13日にかけて、取引先の中小企業738社を直接訪問した聞き取り調査の結果によれば、今年の賃上げについて「予定なし」と回答した割合は72.8%、「賃上げする予定」の26.8%を大きく上回った。

個別企業の聞き取り内容からは、切迫した経営状況を訴える声も寄せられた。背景の一つは、昨年から続く円安に伴う燃料や原材料価格の高騰だ。「賃上げしたくてもできない」という声からは、取引先への価格転嫁が進まず、自社でコスト上昇分のしわ寄せを受けざるを得ない取引環境が窺える。

日本経済団体連合会(経団連)が1月17日に発表した労使交渉指針である「2023年版 経営労働政策特別委員会報告」(経労委報告)は、賃上げのモメンタム(勢い)の維持・強化を「企業の社会的責務」とし、物価高を念頭に大幅な賃上げを会員企業に要請した。

そのためには「働き手の7割近くを雇用する中小企業における賃金引き上げとそのための環境整備、雇用者の約4割に上る有期雇用等労働者の処遇改善が欠かせない」と指摘。「中小企業における賃金引き上げには、取引条件の改善と適正な価格転嫁が不可欠」とし、「サプライチェーンにおける共存共栄」の重要性を強調している。

大企業と中小企業の間には、実際にどのような取引環境の不均衡があるのか。

図1は、1970年代以降の製造業の大企業と中小企業との「価格転嫁力指標」の推移をみたもの。同指標は、材料費の上昇分をどれだけ売上高に転嫁できたかを表し、売上高から材料費を除いた付加価値額の値上げ前後の変化率のことだ。


大企業は±0付近以上で比較的安定的に推移しているのに対し、中小企業は90年代以降大きく下降し、大企業との差が広がっている状況が分かる。特に08年のリーマンショックの際の規模間格差が最大となっており、経営状況が厳しい時ほど、規模間の価格転嫁力の差が顕在化する傾向が読み取れる。

図2は企業規模別の労働分配率、人件費、労働生産性を示している。1人当たり人件費は規模に比例し、資本金10億円以上企業は1千万円未満企業の約2.4倍。労働生産性は規模間で約3.9倍もの開きがあり、1人当たり労働生産性に占める人件費の割合を表す労働分配率は、10億円以上企業が55.8%に対し、1千万円未満企業は91.0%と付加価値の9割超を人件費に割いている状況だ。


一方、図3の実質労働生産性の経年推移をみると、大・中小企業ともに上昇している。中小企業は非製造業でやや低迷しているものの、平均すると90年度比で125.8と、大企業の116.4をむしろ上回っていることが分かる。それにも関わらず、図2のように資本金1億円未満の企業では労働分配率が77%以上となり、10億円以上の企業に比べ労働生産性に2倍以上の格差が生じている背景には、価格転嫁力の違いによる不均衡な取引環境が大きな要因の一つであることが窺える。


経労委報告が指摘するように、「取引条件の改善と適正な価格転嫁」が賃上げの重要なカギの一つだが、ではどのようにそれを実現できるのか。行政、企業、業界の三つの視点から取組みを追う。

■行政:「発注者から協議の場を」

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