■篭橋まゆみさん(岐阜県植物研究会会員)㊤ おんな流 おとこ流~仕事を訪ねて~(49)
安倍晋三元首相が参議院議員選挙遊説中に凶弾に倒れた事件の衝撃は未だ冷めやらないが、これまでも政治家が襲撃される事件は国内でも繰り返されてきた。その一つに、産業廃棄物処分場計画に揺れていた岐阜県御嵩町で1996年に起きた町長襲撃事件がある。(井澤 宏明)
当時の柳川喜郎町長は頭の骨を折る重傷を負ったが、同町は翌97年、全国初となる産廃処分場建設の是非を問う住民投票を実施。反対が8割を超え、計画撤回へと追い込み全国から注目を浴びた。そんな歴史を持つ同町が今、リニア中央新幹線の残土処分場計画にさらされている。
JR東海の計画は次のようなものだ。同町内で掘削する2本のトンネルから発生する残土は計約90万立方メートル。そのうち、カドミウムやヒ素などの重金属が基準値以上の「有害残土」を含む約50万立方メートルを町有地約7ヘクタールに、残り約40万立方メートルを民有地など約6ヘクタールに埋めるという。
しかし、残土処分場を計画しているのはこともあろうに、絶滅の恐れのあるハナノキなどの希少植物の宝庫。「美佐野ハナノキ湿地群」として環境省の「生物多様性の観点から重要度の高い湿地」(重要湿地)にも指定されている。
ハナノキは「氷河時代の生き残り」として知られ、同町のある岐阜県東濃地方を中心に長野、愛知両県のごく限られた地域に自生する高さ20メートル以上に育つカエデの仲間。春に赤い花を咲かせ、秋は紅葉する。
ゴルフ場や工業団地、住宅開発などで生育に適した里山の低湿地が減少し、同省のレッドリストで「絶滅危惧Ⅱ類」(絶滅の危険が増大している)に指定されている。
予定地も、ゴルフ場計画がとん挫し開発をまぬがれた貴重な山林なのだが、JR東海が昨年7月に行った町民説明会の資料には「ハナノキ」や「重要湿地」の文字は一切ない。あえて触れるのを避けているかのようだ。
これに対し、町の生物環境アドバイザーの女性は「今、伐採して埋めようとしているのは、町に残された唯一の自然豊かな土地。この土地の写真を示したうえで、『こんなにきれいなところだけど、町民の皆さん、(残土処分場にして)いいですか』と尋ねてください」と会場から訴えた。
■重要湿地に処分場
それまでは町有地への有害残土処分場受け入れを拒否していた渡邊公夫町長だったが、JR東海の説明会終了を待っていたかのように同年9月の議会で一転、「受け入れを前提として協議に入りたい」と表明した。
今年5月28日には、有識者を交えて公開の場でJR東海と協議する町主催のフォーラムを初めて開いた。来年1月まで計6回開くという。
残土処分場受け入れが『既定路線』のようになっていくのを複雑な思いで見つめている町民がいる。同町ハナノキ調査グループの一員として2015年、「御嵩町のハナノキ自生地 毎木調査記録」を出版した篭橋まゆみさん(67)だ。
篭橋さんたちの調査により、残土処分が計画されている同町美佐野地域は、ハナノキの成木80本、幼木11本、稚樹432本を有する町内最大の自生地であることが分かった。シデコブシ、ミカワバイケイソウなどの希少植物のほか、ミゾゴイやサシバなど希少鳥類の生息も確認できた。
試算すると、残土処分場建設により少なくともハナノキの成木28本、幼木8本が犠牲になることが判明。ところが最近、それでは済まないことが分かってきたという。
「残土処分場計画の地図とハナノキの分布図を改めて合わせると、思った以上に切られるんじゃないか。成木80本のうち、残るのは何本だろうと数えると、20本あるのかなあって」。篭橋さんの嘆きは増すばかりだ。
17年当時、同町から「生物環境アドバイザー」や「希少野生生物保護監視員」を委嘱されていた篭橋さんは、JR東海の求めに応じ、希少植物や生物の情報を提供してきた。
「JR東海との最初の顔合わせのとき、『ここは残土で埋められるべき場所ではありませんよ。調査するだけ無駄だと思います』と申し上げたんです。でも、『なるべく情報を提供してもらった方が、篭橋さんたちの考えているような方向に進むんです』ってJR東海が言うので、それを信じて情報提供したんです」
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