侮辱罪が重罰化へ 現行犯逮捕も可能?

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■「表現規制の典型例」

SNSなどインターネットでの誹謗・中傷対策の一つとして、侮辱罪が重罰化されることになった。6月15日閉会した通常国会で審議された刑法改正案は、30日未満の拘留と1万円未満の科料を定めた同罪の法定刑に、1年以下の懲役・禁錮、30万円以下の罰金を加える内容。6月13日、参院本会議で成立した。侮辱罪をめぐっては罰則が「懲役・禁固」刑になることで条文上は現行犯逮捕も可能になり、抑止効果よりも表現の自由への委縮効果を懸念する声が上がっている。(臺宏士・ライター)

「権力者が何か言おうとしているときに、それを排除するという動きは、今この世の中ですらあるわけですから、侮辱(罪)が用いられる危険がある」。趙誠峰弁護士は4月26日に衆院法務委員会であった参考人質疑でそう述べた。19年7月、参院選の応援演説を札幌市で行っていた安倍晋三首相(当時)に「安倍辞めろ」「増税反対」などと声を上げた市民が北海道警に排除された事件も取り上げられた。札幌地裁は3月に道警に対して損害賠償を命じる判決を出した。趙弁護士は「北海道の事例などは如実に示しているのではないか」と懸念を示した。

2019年7月、安倍晋三首相(当時)の札幌市での演説で「辞めろ」と訴えた男性は、すぐに北海道警の警察官によって排除された=HBC「ヤジと民主主義ー小さな自由が排除された先にー」(20年4月26日放送)から

6月7日の参院法務委員会の参考人質疑で山田健太・専修大教授は、「問題は実際に捕まるかどうか以上に萎縮が生まれることだ。

刑事罰を重くすれば犯罪の抑止につながるが、そのために民主主義が壊れることはあってはならない。恣意的に刑事罰の対象として取り締まられることは、表現規制の典型例だ」と述べた。

■きっかけは木村花さんの死

侮辱罪の厳罰化は、フジテレビの恋愛リアリティー番組「テラスハウス」に出演していたプロレスラーの木村花さん(当時22)が2020年5月23日に亡くなったことがきっかけだった。

当時は、SNS上で反対論が急速に広がった検察官の定年を延長する検察庁法改正案に、緊急事態宣言下にありながら、黒川弘務・東京高検検事長(当時)が新聞記者らと興じていた賭けマージャン問題が加わり、安倍政権は強い批判にさらされていた。

こうしたタイミングでいちはやくSNS規制に乗り出したのが自民党で、5月26日に三原じゅん子参院議員が座長を務める「インターネット上の誹謗中傷・人権侵害等の対策PT」の初会合が開かれ、6月11日には提言をまとめた。政府に▽仮処分等の司法手続きの活用▽開示請求の要件緩和▽情報開示対象の追加(電話番号等)▽侮辱罪(刑法231条)の法定刑(拘留又は科料・30日未満・1万円未満)の見直し▽集団での誹謗中傷や名誉毀損等の悪質事案に対する積極的捜査――などを求めた。

公明党の「インターネット上の誹謗中傷・人権侵害等の対策検討プロジェクトチーム」(座長・国重徹衆院議員)も5月29日に初会合を開き、6月23日に自民党とほぼ同内容の提言を出したが、自民案と比べて特に強調していたのが損害賠償額の高額化である。

政府の反応も早い。

「匿名の者が権利侵害情報を投稿した場合に、発信者の特定を容易にするための方策などについて検討する予定。この検討結果を踏まえて、制度改正も含めた対応をスピード感を持って行ってまいりたい」。高市早苗総務相は5月26日の記者会見でそう表明した。

森雅子法務相も6月2日の記者会見で同1日に同省内に「インターネット上の誹謗中傷等に対する法務省プロジェクトチーム」を設けたことを明かし、「侮辱罪の公訴時効は1年。現在インターネット上で書き込み等をされた際、相手方の特定のための開示手続きに時間がかかり、1年を過ぎてしまうと、刑法上の公訴時効が完成してしまう。適切な刑事罰の在り方も考えなければならない」と述べた。

プロバイダー責任制限法は21年4月に改正され、被害者はこれまで、ツイッター社などサービスの運営者にまずネット上の住所に当たるIPアドレスの開示を求める仮処分を裁判所に申し立て、そのIPアドレスを管理するプロバイダーに住所や氏名の開示を申し立てるという2回の仮処分をへてようやく特定した加害者を相手に損害賠償請求裁判を起こすことができた。これが1回の仮処分の申し立てで裁判所が両者に開示を命じられるようになる(22年10月1日施行)。そして、今回の侮辱罪の厳罰化が続いた。

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